「日本人をいっぱい殺したかもしれないね」
---平成18年6月28日作成の招聘書より抜粋・編集---
ホーギーはバトフ先生のオフィスで通訳・翻訳者として働いています。
ホーギーの母親は、バトフ先生のオブス県マッチン郡の同郷の出身で、かねてからの知り合いの間柄であります。
ある朝、バトフ先生が四つ折にした絵の展示会のパンフレットを持ってオフィスにやってきました。
ホーギーのお祖父さんの肖像画がそれに載っていると言うのです。
展覧会は去年の秋に開かれたものですでに終わっているものです。
同じオブス県出身の画家が同郷の好でバトフ先生に送った招待状が机の上に積まれていて、昨日整理をして捨てようとしたときに偶然見つけたらしいのです。
ホーギーの祖父は、かってハルハ河戦争(ノモンハン事変)の軍功により、多くの勲章を受けた勇敢な軍人であったそうです。
勲章で飾られた油絵の肖像画が、同県出身の有名画家によって描かれて残っていたのです。
「だから、いっぱい日本人を殺したかもしれないね」とバトフ先生は乾いた声で笑ってその絵のコピーを私たちに見せてくれました。
昨日、ホーギーと大使館にビザの申請に行った帰り道、ウランバートルホテルの南側の道を越えたあたりにあるアンチーク・パブという店で昼食を取りましたが、その店の壁に古い手回しの蓄音機やミシンや蛇腹のカメラなどに混じって古い日本の刀が飾ってありました。
「これは侍が使っていたものですか?」とホーギーが聞くので、壁に近寄って見るとやや小ぶりのその刀の鞘には、昭和15年と漢字が書かれてありました。
「これは、ホーギーのおじいさんが殺した日本人が持っていたものかもしれないね」と言ったらホーギーが大笑いをし、私も笑ったので店のほかの客が変な顔で見ていました。
かって、国家のためという名の下に、お互い敵として戦った不幸な歴史がありましたが、若い世代は、その怨讐を越えて、日本に対して大きな憧れと希望を抱いております。
家族の全面的な応援を受けているその才媛を日本にお招きできる今の時代の有難さを思い、心から喜んでおります。(EOF)