2ー2
米国パテントの翻訳
インターネットは英語の世界
「世界のインターネットコンテンツの80%以上は英語。それが理解できないほど悲しいことはない」
これはイスラエルの新興企業Babylon社のシューキ・プレミンジャーCEOの言葉だが、英語を母国語としない諸外国の中でも日本人の英語力は平均的に低いと定評があり、大方の日本人には耳の痛い言葉として響くことだろう。
最近は、企業活動もますますグローバル化してきており、全社員にTOEICの受験が義務付けられ、一定の基準に達しないと昇進もままならないというような状況のようである。
技術分野も国際的な技術交流が盛んになり、海外の新製品や新技術情報などはインターネットによる情報がはるかに速い速度で入手できるようになっており、印刷物よりも重要な情報源となっている。
特許情報も、米国特許商標庁のホームページから容易に入手できるようになっている。
2-1「英日/日英翻訳支援」で米国特許翻訳の実例について触れた。
このときは、米国特許のコピーをスキャナーで読み込んで翻訳支援ソフトに渡すという内容であった。
しかし現在では、米国特許は紙の印刷物やコピーに頼らなくても、前回紹介したダウンロードソフトで米国特許商標庁(USPTO)のホームページ(http://www.uspto.gov/)から無料で容易に入手できる。
そこで今回は、インターネットでダウンロードした米国パテントを原文として、翻訳支援ソフトを用いて日本語に翻訳する方法を紹介する。
様々な翻訳ソフト
翻訳ソフトの実力は、現状ではそのまま使えるような日本語ではなく、そのまま受け入れることはできないのであまり過大な期待はしないほうがよい。そういう意味では、あくまで翻訳支援ソフトと呼ぶことにするが、たとえ翻訳結果が下訳程度であっても、その辞書引き機能や日本語の入力作業は、手作業や人間の記憶力の及ぶところではないので、活用する価値は大いにある。
価格もかっては数十万円もして高嶺の花とあきらめていたものが、ここ数年急速に低価格でも十分実用になるものが出回るようになった。気軽に購入できるであろう1万円前後の英日/日英双方向翻訳ソフト、中でも特に、英文Webページ翻訳に力を入れている2000年以降に発売された最新ソフトだけでも次のようなものがある。
インターネット翻訳の王様POWER+王様の辞書 Version 3.5 (日本IBM
PowerE/J 翻訳プラス辞書これ一本!バイリンガル Ver.5.0
(シャープ)
The翻訳インターネット V5.0(東芝)
ポケットトランサー Ver.2.0 for Windows 翻訳ピカイチ バイリンガル
(ノヴァ)
コリャ英和! 一発翻訳バイリンガル Ver.2.0 (ロゴヴィスタ)
翻訳ブラザーズ(ブラザー工業)
ここではノヴァの「ポケットトランサー Ver.2.0」(Mac版)を用いて米国パテントの翻訳の実例を紹介する。なお、ノヴァには特許文に特化した翻訳ソフト「PAT-Transer
ver.3.0 for Windows」がある。
「ポケットトランサー Ver.2.0」の概要
「ポケットトランサー Ver.2.0」は、超高速アルゴリズムによる翻訳スピードが特徴のソフトである。日英/英日の両方が用意されている。対訳エディタは、1文翻訳や部分翻訳、ポップアップの訳語参照など、翻訳作業をサポートする様々な機能を搭載。また、係り受けのあいまいな文に対して、あらかじめ句や節ごとに範囲を指定するフレーズ翻訳や、一度に複数ファイルの翻訳を行う連続ファイル翻訳機能も塔載。さらにはスペルや文法チェック機能も装備され、翻訳作業をより効率的に行える。また、訳語の別解釈表示や訳語学習機能を利用すれば、より正確な翻訳結果が得られる。ブラウザのページ翻訳は、ツールバーのボタンをクリックするだけでOK。訳文は1つのウィンドウに対訳表示させることも別ウィンドウで表示することもできる。もちろん、Webページの一部分を選択して翻訳することもできる。
(1)辞書の構成
「ポケットトランサーEJ Ver.2.0」には、基本語辞書23万語のほかに専門語辞書「コンピュータ(pkcom)」(5万語)と「ビジネス(pkbiz)」(3万語)の2つがプレゼント辞書(製品版の専用語辞書から基本となる語を厳選したもの)として添付されている。別売で「電気・電子」(8万語)などが用意されている。
また、ノヴァのホームページ(http://www.nova.co.jp/)で、年に数回の新語辞書ダウンロードサービスが提供されている。
ユーザー辞書は、ユーザー自身が必要に応じて作成する辞書で、1辞書につき10万語まで登録でき、翻訳精度を高めるのに非常に効果的である。
以上の各辞書は、ツールバーの「設定」をクリックして「辞書」をクリックすると表れるダイヤログで使用する辞書を選択したり、優先順位の指定ができる。設定済みのダイヤログの例を図1に示す。
図1 設定済みのダイヤログの例

ユーザー辞書が最上位に指定されているので、図2の例では、専用辞書に優先してユーザー辞書の訳語が採用される。
図2 専用辞書に優先してユーザー辞書の訳語を採用

「英和辞典」は、参照専用で約6万語が登録されており、翻訳で使用する基本語辞書とは別のものである。
(2)ユーザー辞書の充実
1つのユーザー辞書はシステムフォルダーの初期設定フォルダーの下のNOVAフォルダにxxxxx.udc、xxxxx.dir、xxxxx.keyの3つのファイルを1組として構成されており、バイナリ形式で登録されているので見ることはできない。
しかし、辞書ユーテリティを使用することで、登録した内容をテキスト形式に変換して内容を確認できる。
作成したユーザ辞書を定期的に辞書ソースファイルに変換しておけば、ユーザ辞書が壊れるような不足の事態が起きても、辞書を復元できる。
辞書ユーテリティは、「ポケットトランサーEJ」とは別のソフトで、ejtoolというアイコンをクリックして別に立ち上げる必要がある。
ここで開くウインドウは「メッセージウインドウ」であってエディタでないので、書き込みはできない。辞書ユーテリティでユーザー辞書をTSVフォーマットのテキストソースに変換したファイルを別のエディタで開いた例を図3に示す。
図3 別のエディタでファイルを開いた例

ユーザー辞書への英単語の登録、削除は、上記のテキストソースを作成して一括登録することもできるが、翻訳ソフトの辞書登録ダイアログの各ボックスに見出し語と訳語を入力するだけで、簡単にユーザー辞書を構築し充実させることができる。「詳細登録モード」を使って登録すれば、さらにきめの細かいこなれた訳文に近づけることができる。
米国パテントの一般的書式と用語
一般に特許の文章は、表現が硬く、長文が多く、読みにくいものの代表のように言われている。英文の特許にも同じことが言える。たしかに、下書きをした申請文が国際特許を担当する弁理士の手を経て清書されると、発明者本人にもすぐには理解できないくらいに整形されることがある。
しかし、特許の構成上の特徴や特有の言い回しや用語に馴れてくれば、一般の技術文書とそれほど異なるものでもない。そこで、はじめに英文特許の一般的な形式や用語について触れておこう。米国パテントは、一件が数ページの短いものから100ページ近い膨大なものまで様々であるが、いずれも一定のフォーマットに当て嵌められて書かれている。
(1)タイトルとサブタイトル
翻訳の対象となる部分を内容的に見れば、一般に次のようなタイトルとサブタイトルにまとめられている。
Abstract
要約
Figure
図面
Title
タイトル(発明の名称)
Background of the invention
発明の背景
1. Field of the Invention (またはTechnical Field )
1. 発明の分野
2. Description of the Prior Art(またはRelated Art)
2. 先行技術の記述
Summary of the invention
発明の概要
Description of the drawings
図面の説明
Description of the preferred embodiments
選ばれた実施例の記述
このようなタイトルとサブタイトルの中に内容が記述されており、その記述も決まり切った言い回しで表現されることが多い。
例えば、 Field of the Inventionでは、
This invention relates generally to
(この発明は、一般に〜に関する。)
Description of the Prior ArtまたはSummary of the inventionでは
Accordingly, it is an object of the present invention to
(そのため、この発明の目的は〜である。)
またDescription of the preferred embodimentsの後半では
We claim:またはWhat is claimed is:(特許請求の範囲)
といったような表現が頻出する。
このような箇所を見つけ出して、部分ごとに要点をつかんでゆくと全体が把握しやすい。
(2)頻出する動詞の用例
エレクトロニクス関連分野でとくに頻繁に用いられる動詞の活用例を例文とともに示そう。
Provide: 供給する。備える。
Ex.1 Such pulses are combined to provide the amplitude- and
width or duration-modulated driving pulses for the display
panel. を表示パネルに供給する。
Ex.2 The output circuit of the semiconductor memory device of
the present invention is provided with a precharging circuit for
sensing and precharging the level on the output terminal to an
intermediate level. プリチャージ回路を備えている。
Comprise: を含む。構成する。
Ex.1 The system comprises an autocorrelation value calculating
circuit receiving an input voice signal through a time window.
を含む。
Ex2. Such a memory is comprised of an array of unit
cells. 構成される。
relate: に関する。(稀にpertainが使われることもある)
Ex.1 The invention relates in general to digital encoding and
decoding of information.
include:を内蔵する。
Ex.1 A large scale integrated (LSI) chip or semiconductor
device includes a memory array and associated logic circuitry.
implement:を組み込む。を実装する。
Ex.1 These multiplierless filters are relatively easy to
implement in hardware.
realize:を実現する。
Ex.1 A fully digital, current mode, PWM control is realized
by employing two distinct comparators, both reading the voltage drop
on a sensing resistance.
disclose: を開示する。
Ex.1 A dual-port memory which features a pipelined serial
port is disclosed.
compose:を構成する。 からなる。
Ex.1 The dielectric substrate is composed of a polymeric
material capable of undergoing fusion bonding such as a
fluoropolymeric based substrate.
eliminate:を除去する。
Ex.1 Its operating characteristics are selected so that
complicated transfer and disconnect circuitry is eliminated.
deliver:を供給する。
Ex.1 In a switching converter that delivers power to a load, a
transition between higher load and lower load modes is controlled by
varying the width of switch control pulses in one operating phase and
blanking individual pulses in another operating phase.
apply:を塗布する、(電圧)を印加する。
Ex.1 Thereafter, a very thin and closely controlled layer of
gold is disposed on the activated tin/nickel using a
non-autocatalytic immersion process to selectively apply gold only to
areas open for conductivity or solderability. 塗布する。
Ex.2 Multiple logic levels can be programmed into a single
EPROM or FLASH memory cell by applying one of a corresponding number
of programming voltages to the control gate of a memory cell that is
biased so that the source-to-substrate junction becomes
forward-biased and the drain-to-substrate junction becomes
reverse-biased. 印加する。
reduce:を減らす。
Ex.1 These variables are selected at the coding end to reduce
the error between the input and regenerated speech signals.
overcome: を克服する。解決する。
Ex.1 The unit incorporates several features to overcome or
minimize vibration and temperature problems so that the unit is
suitable for operation in extreme vibration and temperature
environments and in all attitudes.
optimize:を最適化する。
Ex.1 The system allows a high speed vector machining process,
which optimizes the overall system throughput by minimizing the
settling time of the deflection system.
form:形成する。
Ex.1 A thin film of a metal which is capable of oxidation and
sublimation is formed on a major surface of a semiconductor
substrate.
prevent:を防ぐ。
Ex.1 Therefore, the access delay derived from the fluctuation
of the supply voltage generated before the change of the external
chip select signal can be prevented.
remove:取り除く
Ex.1 The silicide is then selectively removed, leaving
polysilicon only in the contact hole, thus resulting in the desired
stud configuration.
(3.)頻出する関係副詞の用例
独特の文語的表現として次のような関係副詞が頻繁に用いられる。
thereby
thereof
thereinto
thereon
therefrom
therwith
whereafter
wherein
Ex.1 The method according to claim 1, wherein
the mask which is produced is a hard mask.
請求項1による方法で、そこで作り出されるマスクはハード・マスクである。
翻訳支援ソフトの活用
英文特許の翻訳で難しく感ずるのは、やたら長い文、古語めいたお役所向け文書風なスタイル、修飾がどれにかかるか分かりにくい構文のものなどである。翻訳支援ソフトを用いるときの活用の注意点を、「ポケットトランサー Ver.2.0」による事例を挙げて説明する。
(1)長い原文の前処理
長い原文のテキストを翻訳支援ソフトで翻訳する際の前処理の例を取りあげる。
翻訳ソフトによっては、翻訳ソフトがお手上げで、英文のまま結果を返してくるような場合もある。そのため、文によっては、または翻訳ソフトの特性によっては、翻訳ソフトが処理できるように前処理してやる必要がある。
「ポケットトランサー Ver.2.0」の場合、次の長い文を一応は翻訳した。
しかし、「初期設定」の「翻訳」のウインドウに「長い文章を節・句ごとに区切って訳す」という項目があるので、これを選ぶほうが結局のところ近道かもしれない。
Ex.1
An information reporting system is disclosed wherein a plurality of
remote stations each receive synchronization signals from a master
station, the synchronization signals initiating a timing mechanism in
each remote station for dictating the time slot in which each remote
station can transmit its information, each time slot occurring at a
substantially different point in time, a master station having a
synchronization generator for generating the synchronization signals
and an indicator for indicating the information received from the
remote stations, and a communication channel for interconnecting the
remote stations and the master station.
これでワンセンテンスだから、フレーズ毎に訳した上で、添付図面を参照しながら相互の関係を把握しないとどのように繋いでいってよいのかわからない。話し言葉でないのはもちろんだが、書き言葉の文章としても特異で、やはり一種のお役所向け文書スタイルというものだろうか?
もちろん、特許がみなこのような分かりにくい文章だというわけではなく、簡潔明瞭なものも多い。意図的に難解な表現にしているのかもしれないが、内容はともかく文章表現はできるだけ平易で簡潔な表現で出願申請したいものである。
(2)フレーズの指定
次の例文は技術的内容を多少なりとも理解しているものには、それほど難しいタイトル文ではない。
しかし、翻訳ソフトにとっては、この単語は名詞か動詞か、またこの修飾はどこからどこまで係るのだろうかと悪戦苦闘しており、かならずしも楽な仕事ではないようだ。コンピュータも高速になって、あっという間に大量の日本語を吐き出してくれるので、その能力に目を奪われがちであるが、時にはこのように危うい能力のもとに動作していることも心しておく必要がある。
Ex.1
Method and apparatus for mounting a very large scale integration
(VLSI) chip package to a computer chassis for cooling.
そのまま、タイトル翻訳(大文字/小文字を区別しないで、なるべく名詞句として訳す翻訳モード)を実行させると、次のような素訳が得られる。
図4 素訳の一例

「方法と超大規模集積回路(VLSI)を実装することのための装置は、冷却するためにコンピュータ・シャシーにパッケージを削る」
日本語として一応の格好は付いているが、技術内容的には支離滅裂である。これは、
Chipが動詞として扱われるためなので、chipの品詞を名詞に指定して再実行すると次のような訳に変わる。
「方法と超大規模集積回路(VLSI)チップを実装することのための装置は、冷却するためにコンピュータにシャシーをパッケージする」
今度はpackageの品詞が動詞に変わってしまい、最初の例と大差のない技術オンチの訳である。
そこで、chip
packageと「フレーズ指定」をすると指定句は名詞句として「自動判別」され、次のような訳になる。
「方法と冷却するためにコンピュータ・シャシーに超大規模集積回路(VLSI)チップ・パッケージを実装することのための装置」
Method and
apparatusにもフレーズ指定をするとようやく次のようなまずまずの訳に辿りつける。
「冷却するためにコンピュータ・シャシーに超大規模集積回路(VLSI)チップ・パッケージを実装するための方法と装置」
このように、フレーム指定を適切に行わないで、いくら別解釈を実行しても、とんちんかんな訳例が無意味に羅列されるだけで、時間の無駄である。
辞書引きソフトの活用
単に英文パテントを読んで理解するためだけであれば、Babyronのような単語翻訳だけの辞書引きソフトでも十分だろう。
Babylon社(http://www.babylon.com/)は、イスラエルのベンチャー企業で英語を母国語としない世界の国のためにインターネットビジネスを国際的に展開している。「瞬間翻訳名人バビロン」はわからない単語だけを日本語におきかえた方が便利ではないか?という発想でつくられた辞書引きソフト(単語翻訳ソフト)で、インターネット上のVector(http://www.vector.co.jp/soft/dl/win95/edu/s0131912.html)というサイトでダウンロードできるフリーウェアである。現時点ではWindows版のみであるが、Mac版へのヒアリングも始まっているようだ。初期設定の「右クリック」で辞書が開くのがわずらわしければ、カスタマイズで「SHIFT+右クリック」で開くようにもできる。
(1)英日翻訳ソフト「ポケットトランサーver.2.0 for
Machintosh翻訳ピカイチバイリンガル」ユーザーズガイド 株式会社ノヴァ
(2) 特集:日英/英日双方向翻訳ソフト(http://www.zdnet.co.jp/magazine/cshop/0008/sp2/)
(3)佐藤武久「電子技術者のためのパソコン利用術 第11回 英日/日英翻訳支援」日刊工業新聞社「電子技術」1997年8月号、p52-57