「モンゴルで親父の夢を見た(2)」
---今は亡き父に捧げるバラード---
夢の中に現れた親父は、私が期待していた青年時代の颯爽とした父ではなく、亡くなる一年前の病気で倒れる直前の頃の姿でした。
それも雪の多い一昨年の春先の風景でした。
雪国では三月末頃になると、川の上を覆っていた雪が溶けて、その上にトンネル状の空洞ができます。
この季節にその上を歩くのは非常に危険です。朝早い内は、硬く凍っているので人が載っても大丈夫ですが、日が射して溶け始めると落とし穴のようになってしまいます。
現に父の姉の長男は小学校に上がる年の春にこの落し穴に転落し溺れ死んでいるのです。
夢の中の父もこの落とし穴に落ちて、その雪の洞を私が上から覗き込んでいるという構図でした。
父は転落したときに、小川の側溝のコンクリートの角に足腰を打ったらしく、中腰の姿勢で膝に手を当て、力士がこれから仕切りに入るような格好をしていました。
そして、「失態、失態」と同じ言葉を何度も呟くようにして言い、腰を伸ばせないままでした。
私は山の川から引いてきたゴムホースの水を、ぽっかり開いた落とし穴の周辺にザーザーかけて溶かしながら、穴の径を大きくして、親父を引き上げようとしていました。
跳ねた水が、背中にも跳び、私の顔にもかかり、びしょ濡れの感じでした。
その時、縁側の重いガラス戸がガラガラと開き、私の妻の夏美が顔を出しました。
事情を知らない夏美は、「お風呂が沸いています。早く入ってください。」と言って、またガラガラと重いガラス戸を閉めました。
ここで夢は終わりました。
その後、夢の中に父が出てくることもなく、ウランバートルの街で父にそっくりな人に会ってもいません。
それでも、私の心のどこかにウランバートルの人ごみの中で若い日の父に会えるかもしれないという期待が残っています。
それは、街の中ではなく、モンゴル帝国の旧都カラコルムの小高い丘の上で馬に乗っている赤いTシャツを着た青年だったりするかもしれません。
父が亡くなった夜遅く、三条市の病院から柏崎市の自宅に戻る車の中で、ふと浮かんだ短歌は、次のようなものです。
「次ぎの世は、
草原広きモンゴルへ
生まれ出でませ
馬 愛(め)でし父」
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挿画:S.スンベル
(つづく)