「モンゴルで親父の夢を見た(3)」
---今は亡き父に捧げるバラード---


親父か亡くなった年の晩秋10月23日、中越大地震が私の郷里の近い所を震源として襲いました。
丁度その日は、花火大会がある日で、早い夕ご飯を済ませ、薪ストーブの火を弱めて、出掛ける準備をしている矢先でした。
突然激しい揺れが襲い、停電し、まだ火の燃えているストーブは45度に傾き、外れた煙突の隙間から黒煙がもうもうと立ち、これは一体なん何だと、まるで映画の一シーンでも見ている気分でした。
ストーブをこのまま傾けて居たら、床に火が燃え移り火災になる心配があると判断し、私は左の肩をストーブの側面に当てて立て直しました。
ノルウェー製の鋳物の製品で総重量は200kgはあるものです。
平常時では、とても動かせる物ではないはずの物ですが、話に聞く火事場の馬鹿力と言うやつでそれができたのです。
さいわい、それによって一難は去ったので、暗闇の中てロウソクを点けて、炬燵に入ったままじっとしていました。
炬燵は電気ではなく豆炭を利用していたので、足元だけは温かでしたが、ひっきりなしに強い地震が襲い、160年位昔に建てたと思われる古い欅の太い柱も不気味な音をたてて軋みました。
生まれて初めての恐怖感に襲われました。
翌朝、夜が明けてからお墓を見に行ったら石塔はことごとく倒れ、目も当てられない有り様でした。
余震が落ち着いてから建て直そうと思ってそのままにして置きましたが、余震はいっこうにおさまらず、とうとうお盆を迎えることになりました。
その時は、親類の人たちの応援で三人がかりで墓石を建て直しました。
お盆を過ぎてしばらくしてた大きな余震があり、お墓はまた元の黙阿弥になりました。
そしてそのまま、19年ぶりの豪雪に埋もれたまま一冬を越しました。
翌年もお盆の直前に建て直し、その後また地震があって倒れました。
今は倒れたままになっています。
他人は何と親不孝な奴だと言うか洩れません。
親父の三回忌を迎えると言うのに墓石が地震で倒れたままになっていることに対して、私は多少の後ろめたさを感じていました。
ところがある日、菩提寺である安住寺の広報誌を見ていて次のような詩を見つけました。

千の風になって        新井 満

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
秋には光になって
畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように
きらめく雪になる
朝は鳥になって
あなたを目覚めさせる
夜は星になって
あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
千の風に 千の風になって
あの大きな空を ふきわたっています


親父は今モンゴルの草原を風になって飛んでいるのかもしれません。

挿絵 S.Sumber 「夕焼けの中をかける馬」

                      (おわり)